私は構造家になるべきでした


612621に来たアーティスト冨田氏とは、土曜の夜、日曜の昼と
とても有意義な議論を交わすことができました。

その中でも「建築は重力と戦わなければならない」と冨田氏がいうのは、
あたりまえすぎるからこそ、あらためていろいろ考える種になりました。

建築は、なんとなく長い間存在しているように感じられるものだから、
あらためて200年とか10年とか期間をきちんと考えると、
さまざまおかしなことが起きていることに気づきます。
最近まで大学内にある私のスタジオの横では、
設計演習の課題「小学校」をうんうんうなりながら学生たちがやっていましたが、
旧ワンダーアーキ事務所の前には小学校があって、そこを通りがかった時、
わたしだったらどんな小学校を設計するだろうか?と思いを馳せたりしたんです。
「結局のところ、構造しか残らないんじゃないか・・・」
という気持ちになっていたんです。
冨田氏との話は、そんなことを裏付けてくれるよう話でした。

大昔から「用・強・美」などといいますが、
本当は「強・美」だけが結局が残るのではないでしょうか?
「用」は使う側の創造性にゆだねられているような気がします。

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