私は構造家になるべきでした


612621に来たアーティスト冨田氏とは、土曜の夜、日曜の昼と
とても有意義な議論を交わすことができました。

その中でも「建築は重力と戦わなければならない」と冨田氏がいうのは、
あたりまえすぎるからこそ、あらためていろいろ考える種になりました。

建築は、なんとなく長い間存在しているように感じられるものだから、
あらためて200年とか10年とか期間をきちんと考えると、
さまざまおかしなことが起きていることに気づきます。
最近まで大学内にある私のスタジオの横では、
設計演習の課題「小学校」をうんうんうなりながら学生たちがやっていましたが、
旧ワンダーアーキ事務所の前には小学校があって、そこを通りがかった時、
わたしだったらどんな小学校を設計するだろうか?と思いを馳せたりしたんです。
「結局のところ、構造しか残らないんじゃないか・・・」
という気持ちになっていたんです。
冨田氏との話は、そんなことを裏付けてくれるよう話でした。

大昔から「用・強・美」などといいますが、
本当は「強・美」だけが結局が残るのではないでしょうか?
「用」は使う側の創造性にゆだねられているような気がします。

200年


国交省とか自民党とかが200年住宅なる政策を打ち出しています。
民間のデベロッパーなどで100年住宅なるものは
どっかで見た記憶があるんですが、
200年というと、かなり考え方を変えないといけないとだまされます。

まず、「住宅」という文言は、はずすべきだと思います。
「住宅」という言葉を使って、
「住宅」を建てようとする人に、負担を求めているように見えます。
確かに衣食住と言う言葉があるので、「住む」ということが
200年先にもあることは間違いないと思うのですが、
「住み方」「暮らし方」は変わると思っておいた方がいい。
家族制度や社会のあり方などもかわるかもしれません。
200年前を考えてみてください。江戸時代です。
だから200年建築ということにしておかないと、
200年後の世界で住宅として通用するかどうかわからない。
建築という言葉にしておかないと、
なんだか末端の一住民が一生懸命200年住宅を建てる羽目になる。

それから建築教育を変えないといけない。
建築に携わる人々も意識を変革しないといけない。
どのように変えるかというと、「機能主義からの脱却」。
「近代建築さようなら」です。

もっとおおらかな建築を作らなければなりません。
建築家は、そういうのを作る方法を、
あたらしいパラダイムを模索しなければなりません。
機能主義というのは、設計方法論としては、
とてもよく出来た「主義」なのです。
だれにでも通用するし、簡単です。
だけど、或る部分、この時代にしか機能しないことがあります。
200年先を見据える時、今の時代にしか通用しない機能をもとに、
建築を作るのは、200年先にはおかどちがいになってしまいます。

それから、おおらかであることを許容する社会でなければなりません。
明日の銭金の話をしないといけない時に、
社会的ストックという美名に、
一枚も二枚ものっかる太っ腹な世の中である必要があります。
200年先の見ず知らずの人間が使うものに、
今、金を払うということです。
銀行が200年ローンを組ませてくれれば、これは本物でしょう。

なんだか批判めいた展開になりましたが、
目先の話で終わらせようとしているところが気に入らないだけなのです。
単純に丈夫に作って200年耐久させるという話にして、
「丈夫=いいことだ」みたいなわかりやすいけど、だましやすい話に
なりやすいというところが、なんだかうさんくさすぎる。
だけどそれを差し引けば「もっとも」なことだとと思います。

200年先を見据えるならば、
「地面の上に建てるものを作る」という発想から
「建築は地面そのものだ」というくらいの発想の転換が必要か、
「建築は建築そのものだ」というくらいの強弁が必要です。

はらっぱ


私には今、「説明のつかない場所」があります。

たとえば、この旧事務所(菊池邸建設予定地)。
事務所に使っていたときも、全体の1/4しか使ってませんでした。
しかも何に使うかわからず、意味不明のまま、
大学の後輩Kくん、Nくん、Mくんたちをそそのかし、
ひとつの部屋の床を抜いて、吹抜けにしてしまいました。
これでも1/3しか、事務所スペースはありません。
しかも別の場所にメインの事務所を移転したので、
いよいよなんといったらいいのかわからない。
「X」とか「スペース」とか言ってます。
それから、今週末には、おふくろがこっちにやってきて住むための
中古のマンションを買うのですが、これも来年くらいまでは、
住む予定が無いので、単なるスペースとして存在することになります。

普通は、「○○する場所」とか「××する場所」とかいうように、
なんらかの説明のつく場所を行ったり来たりしているものだと思います。
仕事なのか、学校なのか、住む場所なのか、休息したり、
買い物したりする場所なのか、あるいは不動産として、
金を生み出す場所というのもあると思います。
要するに「説明のつく場所」というところで生活しているのです。

そこにやってきた「スペースバブル」。
大人が「はらっぱ」を与えられたんだけども、
子供じゃないのでどうやって使ったらいいのかわからない。
そんな状態をすこし楽しもうと思います。

歴史

遠く故郷の四国松山を離れたのが・・・何年前だったでしょう。
札幌に来たときは、このバカに道が広いのと、まっすぐなことに、
正直、慣れませんでした。(名古屋もそうだった・・・)
人間のスケールに遠いというか、とにかくそれが嫌でした。
私が住んでいたところは、その中でも整然としたところだったので、
吹雪の夜、友達の家で飲んで帰る時、家々のシルエットがよく似ている
というのもあって、ほんとに遭難しそうになりました。

住めば都とはよくいったもので、そんなコトにも慣れました。
そしてまさしくこのスカスカした感じや、
整然としているところが札幌の歴史を物語っているし、
今やそこがいいんだよなあなどとのんきに思っていたら・・・・・

この三角形の敷地。
どう考えても札幌の歴史に反逆している。
開拓した年代によって測量の違いなどで、道がずれていたり、
局所的にへんな地割りをしてそうなったりしますが、
測量図を見ると、この当たりに一本の45度の境界線が
それこそビャーと通っています。
これも札幌らしい大胆さなのですが、
とにかくその角度が気になってしかたない。
ファイターズ通りがななめなのと関係ありそうだと、
辿ってみたら、どうやらこのあたりは
大友堀・・・いまの創世川・・・札幌を建設するために
掘られた水路が関係ありそうです。
どうやら歴史に反逆しているのではなくて、
まさしくこの三角形の敷地は「歴史」を持っているようです。
どうりで車が通るたびにひどく揺れると思った・・・

大きいこと


「小さいこと」を考えた次に、
とてつもなく「大きい家」について考えました。

例えば、超高層マンションまるまる一棟が「俺んち」だったら。
何をするんでしょうね。
あるいは、どこを何の部屋にしますかね。
ちょっとやそっとの豪邸じゃありませんよ。
あえていうなら、「皇居」かな。
だけど私が考えているのは、
敷地が広いのではなく、家そのものが大きいということです。

「大きい家」を考えることは、
やはり「家」とはなんのだろうと
考えるヒントになるのではないでしょうか。

でも私のうちの敷地は狭くて三角形なので、
そんなバカなこと考えてないで、
現実に目を向けろとカミさんに怒られそうです。

小さいこと



今日、むかし私の事務所でバイトしてくれていたS君が、
わざわざ訪ねてきてくれました。いまや財務省のおエラいさんです・・・・
どうにも信じがたいことですが・・・・
それから彼の同期のSさんとも北大で落ち合って、
「心」というスープカレー屋に行きました。

「心」のカレーは、むかしの事務所前にある「ピ○ンティ」とは違って、
むかしのままでうれしくて、そして「友遠方より来る」。
それで・・・・いやいや本題は「心」の話ではなく、
コルビュジエのカプマルタンの話です。

彼らは、私が札幌にもどったばかりの時に、
「コルビュジエの全住宅 札幌展」で苦楽をともにした仲間です。
そのとき彼らがつくったのが、
写真の「カプマルタンの休暇小屋」の原寸模型です。
段ボールシートでできています。

カプマルタンは、地中海に面して建つ、建築家コルビュジエの別荘です。
とても小さく、大きさは3.6m×3.6mくらい。
ここにコルビュジエとその妻イヴォンヌの
夏の生活のすべてが詰まっています。

稀代の建築家の稀代の掘立小屋。
私はあえて「掘立小屋」と呼ばせてもらいます。不思議な建築です。
美しい海を前にして、なぜあんなに窓が小さいのだろう・・・
と考えてしまうと、「大きい方がいい」という答えになるかもしれません。
夫婦2人とはいえ、なんであんなに小さいのだろうと考えると、
「広い方がいい」という答えがでてきてもおかしくありません。

けれども、この原寸模型を体験すると、
小さな窓であるが故に、つよく海とのつながりを
感じることができるのではないかと思うところがあります。
あるいは、この小ささであるが故に、
人と人との親密感、人と建築との親密感が強く感じられます。

小さいと言えば、茶室は、小さい建築の代表格でしょう。
千利休作「待庵」を外から拝見したことがありますが、二畳しかありません。
札幌にあって雪でつぶれてしまった「八窓庵」は、二畳+ちょっと。
同じく小堀遠州の作と伝えられている金地院の「八窓席」。これは三畳です。
しかも一説によると、壁はイカスミで黒く塗ってある。
「Paint it black!」ストーンズじゃあるまいし・・・・
「八窓席」は、中にも入れていただくことができたのですが、
「茶室に入ると、宇宙とつながることができる」という話が実感できました。

広い宇宙と接続するために、小さくつくる。
この逆説めいた方法が、カプマルタンにも感じられるのです。

ポスターから考えたこと


展覧会612621のオープニングとして6月12日にトークイベントを
北大でやっていただくのですが、タイトルが、


「菊池邸建設予定地とは何なのか?」


アヤさんが考えたコピーなんですが、
ちょっと引きぎみ。特にカミさんが・・・・・
とはいえ中身をよく表したタイトルであることに違いないです。
それでそのポスター、フライヤーが出来上がってきました。
612621プロジェクト真砂さんがつくったものです。

DM、ポスター、フライヤーどれにも
「旧ワンダーアーキ建築設計事務所」にある
とても小さな断片の写真が使われています。
それは、どれも記憶にあるもので、
ひとつは、なんの様式をコピーしたのかわからない、
トイレのドアのノブ(とにかく白く塗り込めた・・・)であり、
ひとつは、抜こうと思っていたのに、
結局ほったらかしにされて残っている
鴨居に打ち付けられているビスであり、
そして、塗り損ねて気になっていた配管と壁の取合いであり、
私にとっては、ある種、ネガティブな価値しか無かったものです。

ところがこうやって写真を見せられると、とても愛おしい。
私にとっては、まるでむかし聞いた曲が流れてきて、
その時のことを思い出す、そんな感じがするポスターです。
「ハシラノキズハ オトトシノ
 ゴガツイツカノ セイクラベー・・・・・」。

真砂さんが、どういう意図でこの写真を使ったのか、
撮影したアヤさんがどういう意図でこの場面を切り取ったのか、
もし私をセンチメンタルな気持ちにさせようと意図していたならば、
私は「安い観客」になってしまいました・・・

でも、この場所を見たことのない人にとっては、
私の安いセンチメンタリズムなど、共感できないでしょう。
あくまでも「思い」は、それぞれ見る側にあります。
作者が意図してつくる。観客が思う。
そこにずれが生じた時、
驚きと作品の深度ができるのではないかと思います。